逢えないと不安になる

逢えていても不安になる

信じていないわけじゃない

ただ、自分に自信が無いだけ……

 

     *

 

ガウリイの顔が見られない日がもう何日目になるか……

昼間はぼーっと過ごして。

夜には目が冴えて、彼のいない寂しさを嫌というほど感じてしまう。

昼間のゼロスへの怒りなど忘れてしまうほどに。

「うー……」

寝返りを打って、ふっと嗚咽が漏れる。

かたん。

「姫さま? どうしたんですか? 部屋を締め切って格子も簾も下ろして……

しかも明かりもつけていないじゃないですか!」

声を聞きつけてやってきたのか、アメリアがリナの床すぐ傍までやって来た。

「……」

「姫さま、泣いてらっしゃるんですか?」

こちらが反応を返さないでいると、声のトーンを落として彼女は尋ねてきた。

「なっ、アメリア……!! 気のせいよっ!」

「……」

「ところで、どうしたのっ?」

強がって見せても、声の調子は自分でも思うほど弱々しい。

都合が悪くて、話を切り返す。

「姫さまっ。あの、わたしっ! 知り合いに、いい占い師がいるんですっ! だから、明日私について来て頂けますか?」

「……占い師?」

「帝がいつお戻りになるかを占うんです。宮廷には、病で伏せっているって言って」

「……?」

アメリアの言いたいことがいまいち解らない。

いつ戻ったとしても、いつ逢えるか解らないのに。

もしいつ逢えるか解ったとしても、すぐ逢えないのなら意味は無いのに。

「とりあえず、内裏を出ます」

ぐるぐるとそんなことを考えていると、その考えを押し切られるようにアメリアはきっぱりとそう言った。

 

     *

 

「おい、ガウリイ。やっと着いたぞ」

牛車の戸を開けると、一国の主が寝ていた。

「んあ?」

眠い目をこすりながら、こちらをぬぼーっと見つめている。

「間抜けな面を直せ。車から降りる」

こんな人物が一国の主であることに、そして親友であることに疑問を感じるゼルガディス。

「あ、ああ……」

慌てて、衣服を直して牛車から降り立ってみればそこは闇の中で。

「なんだ、もう夜更けじゃないか」

ふとそんな呟きがもれる。

「昼間つくと、明るいから面倒事が起こると厄介なんでな。だから、夜に着くように内裏を出てるんだよ」

「?」

不思議そうな顔をする一国の主。

どうやら帝位についても、一国の主という自覚がいまだ無いようだ。

「ここが、宿をとる寺だ」

とりあえず、彼が顔に出した疑問は無視してゼルガディスは屋内へと進みだした。

 

     *

 

「リナが?」

今日は内裏(だいり/宮中のこと)に宿直だった左大臣の下へと赴き、アメリアはリナの現状を報告する。

「ええ、どうも帝がいらっしゃらないことで精神的にお疲れのご様子です。

ですので、しばらくの間わたしの家の別荘へ姫さまをお連れします。姫様もご了承くださいました。

殿、ご理解いただけないでしょうか? 姫のために」

自分の目の届かないところへやるのは不安だが、「姫のため」と言われては、父左大臣も何も言えなくなる。

「……わかった。 但し、良くなったらすぐ戻って来るんだぞ。」

「殿……!!」

渋々ながらも了承する父左大臣。その一言にアメリアは一気に明るい顔になる。

「殿、ありがとうございましたっ! では、明日早速姫さまをお連れしますので」

軽い足取りでその場を後にしようとしたその時。

「あ、それともう一つ」

「――はい?」

左大臣から、呼び止められる。ドキッとしつつも、平静を装って振り返る。

「帝の代わりのあれ、しばらくの間きちんと動かしておいてくれよ」

今内裏では、熊野にいる帝の代わりにシルフィールの親戚の陰陽師(おんみょうじ/

暦を見たり吉凶を占ったりなどする官僚)の式神が帝の代わりとして動いているのだ。

「……何のことでしょう(汗)?」

ボソッと口から漏れたような左大臣のその言葉に、冷や汗が背中を伝う。

「いんや、独り言だ」

「そ、そうですか? で、では、し、失礼しますっ」

気のないその返事に多少安堵するが、これ以上ここにいる心境ではない。

すぐさまその場を後にする。

「はぁ、まぁ仕方ねぇか……リナも限界みたいだったしな。ここらで、一休みさせてやるよ」

空へ仰ぎ見ながら、父左大臣は一人そう呟いた。

 

「何とか、殿には許可いただきました!」

アメリアは元気な声でそう言った。

牛車の中である。

昼過ぎ内裏を出て、そろそろ都の外れまで来ていた。

「ねえ、どこへ向かってるの?」

ごとごとと揺られながら、隣に座るアメリアたちに尋ねる。

一緒に向かっているのはアメリアとシルフィール。それに徒歩でフィブリゾ。

「いいトコですよっ♪ あ、明日の昼頃には着く予定です」

「そう」

「姫さま、あんまり寝てないんでしょ? 少しお休みになったらどうです?」

「ん……そうね」

眠れないのだが、とりあえずこれ以上心配をかけたくなかったので横になろ。

だが、やがて程なく彼女から寝息が漏れてくる。

「姫さま、やっぱり相当疲れてるんですね」

「気を張っていても、強い女のフリをしていても、まだ結婚したばかりの17歳の少女ですもの。

しかもここ数日は殆ど寝てらっしゃらなかったようですし」

「そうですね」

「とりあえず、宮中から出たことで少しは気分が楽になったのかもしれませんね」

 

「左大臣様がかようなところにいらっしゃるとは、お珍しいことですね」

声をかけられて、視線を空から声の主へと持っていく。

かようなところ、とは左大臣ともあろう者がやすやすとは来ない場所だったからだ。

「左衛門督殿こそ、どうして?」

「私は内裏の見回りを」

いつもと変わらぬ笑みを湛えている表情は、何を考えているのか左大臣でさえ解らない。

「衛門督のそなたが?」

そして、ここにいるわけも。

「衛門督だからこそ、ですよ」

「そうか……」

考えても仕方ない。とりあえず今はすることも無い。

いや、あるにはあるが、ここではない場所だと見つかってしまうかもしれない。

することはあっても、今は何をする気にもなれなかった。

「ところで、行かせてしまっても良かったんですか?」

左大臣に確認なく、左衛門得は自分より暗いが上の物の隣に腰を下ろす。

無論、そんなことは許されることではないのだが、もとより左衛門督とはこういった男だった。

「何のことだ?」

左大臣の方も、それには構わず視線を落とす。

「いえ、独り言です」

左大臣は、いつか自分が言った言葉だとふと思った。

「熊野は今、桜が満開でしょうねェ」

「……そうだな……」

左衛門の督の言葉に頷き、左大臣は空を仰ぎ見る。

そして左衛門督も彼の視線を追うように空を見つめた。

   
  
     *

 

「姫さま、着きましたっ」

牛車の戸が開けられる。

ざあっ……!

「う、わぁ……」

風が舞う。

花びらが、舞い落ちる。

「ここ……?」

「そうです! 足元に気をつけて降りてくださいねっ」
「うん」

言われた通り、そうっと足を下ろす。

「もしかして、これが見せたかったってこと?」

そこは、どこかの寺だった。

庭一面に桜が咲き誇っている。

「ええ、それもあるんですけど、実は……」

にこにことしならが侍女らはリナ――いや、リナの背後を指し示している。

「リナ?」

「!?」

聞き覚えのある声に振り向くと、懐かしい顔があった。

「…………ガ……」

声が、出ない。

嬉しすぎて。

何が起こっているのかも、解らない。

ただ、身体だけが動いて。

ぎゅっ。

駆け出した次の瞬間には、もう腕の中に抱きすくめられていた。

どうやら、彼の方が早かったらしい。

「ガウリイ……!」

「リナ!!」

しばらくの間、彼らは抱き合っていた。

     

     *

 

「ねぇ、あたしたち、みんなに支えられてるね」

「ああ、そうだな」

寺社の濡縁で2人、舞い散る桜を眺めている。

リナはガウリイに後ろから抱きしめられた形で座っている。

「……何日ぶりに、逢ったのかな?」

「さあな、ずっと逢えなくてもう忘れた」

「ガウリイらしいね」

くすっと、笑いが漏れる。

「……桜、きれいだね」

柔らかな風が2人を吹き過ぎる。

「ああ……」

桜舞う中沈黙が落ち、2人は唇を重ねた……

 

     *

 

「リナは、すっかり父離れしちまったんだな」

自宅の自室で、簾を上げて横になっている。

すぐ傍には妻がいる。

リナの母である。

「あら、あなたはまだ娘離れをしてらっしゃらないのね」

「だって、16年手塩にかけて育てた可愛い娘だぜ?」

横になたまま、隣の妻を見つめつつ嘆息する。

「ルナのときも、しばらくそうだったわね」

母親とは、父親より子離れが早い。それもあっさりとするほど。

夫のそんな姿に彼女は苦笑する。

「はーあっ!」

がばっ。

起き上がり、膝に肘をついて庭を見つめる。

ここもまた桜が満開に咲いている。

「明日、保津川下りでも行きませんか?」

「ん?」

「もうしばらく、やっていないでしょ?」

突然の妻の言葉に、妻を見やれば手を何かを握って引き上げるような仕草をしている。

「! いいな」

「でしょv」

にっ、と微笑んでいる妻に笑い返す。

「しっかしあの式神、実物よりもきちんと政務全うしそうだな。いっそこっちを帝として立てるか」

いくらか吹っ切れた父の、娘離れははもう少しかかりそうだった。

 

季節は、巡る。

時は、移り行く……

 

終わり

 


 




 


 
 


 
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