逢いたくて。

逢いたくて。

でも……

 

     *

 

「姫さま、最近機嫌悪いですね……」

女童のフィブリゾがリナ付きの侍女、アメリアにそっと耳打ちする。

リナが入内して早3ヶ月。

季節は冬から春へと移り変わり、都は桜が満開だ。

今、彼女は女御という地位にある。

御世(みよ)代わりをしてまだ3ヶ月ということもあり、

新婚とはいえ、その相手はボケていようが曲がりなりにも帝(みかど/天皇)。

政務に追われる帝に、なかなか逢えるものではない。

しかもそれが……続々と貴族の娘が宮中に出仕している昨今ならば特に。

どの家も同じ。

帝の寵愛(ちょうあい)を受けることを夢見、そして政権を得るために。

「ああ、だから……」

アメリアに一通り現在の宮中の状況を聞いたフィブリゾは、横目でリナを見ながら納得した。

「心中穏やかじゃないんですよねェ、姫さま……」

アメリアと同じく、リナ付の侍女シルフィールが、そう言いながら花束をもってやってきた。

「シルフィールさん……その、花束は?」

「これですか? 姫様にちょっとでも機嫌よくなって頂こうと思いまして」

「………………………………………………………………………」

ほけっ、っとアメリアはシルフィールが持っている花を見ている。

桜である。

「アメリアさん?」

「それです! シルフィールさん!!」

アメリアは突然思い立ったように大きな声をあげる。

「え? な、なにが……」

「いいですか、こうです!!」

アメリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、フィブリゾとシルフィールにそっと耳打ちした。

 

はーっ……

幾度目かの溜息。

左大臣家――つまり実家にいた頃は、結構自由で気ままに過ごしてきた。

だが宮中というところはどこの誰が見ているか解らなくて。

しかも何かボロを出してしまうと、それは父親の執務にも関ってきて……

まあ、ボロを出す無用心なことはしないけれど。

「ほんっと、めんどくさいわよねぇ……しかも……」

逢いたい相手には逢えないときている。

むしろ実家にいた頃の方が逢っていた回数は多いのではないかと思うほど。
「おやおやリナ殿。中宮(ちゅうぐう/天皇の正妻)さまともあろうお方が、侍女(じじょ/メイド)

も誰も付けずにこのようなところへ起こしになるとは」

こんなところ、とは今リナは宮中をぼーっと歩いて、いつのまにか清涼殿(せいりょうでん/天皇の部屋)の近くまで来ていたのだ。

しかも声の主が言うように、一人で。

「ゼロスかぁ……。……それで、逢いたくないやつには逢っちゃうのね……」

「おやおや、相変わらずですねぇ。」

リナの嫌味にも顔色一つ変えず、ゼロスは返す。

「あんたもね」

「帝でしたら、今宮中にはいらっしゃいませんよ」

リナの心中を察しているのか、まあ嫌でもわかってしまうのだろうが。

ゼロスはふとそんなことを言う。

「え?」

不意をつかれたように、リナはゼロスを見つめる。

「熊野の方へ行ってらっしゃいますけど」

「そんな、あたし聞いてな……」

声に出すが、言葉にならない。

いつも、どんなに忙しくても、逢えなくても。

宮中から出るときは必ず行き先を告げていたのに。

「何でも、急に行かなくてはならなくなったとかで」

「なら、あんたは一緒に行かなくて良かったの? 左衛門督(ひだりえもんのかみ/都を守護する役所の長)さま。」

嫌味なゼロスであっても、八つ当たりをしてしまうのはいけないと解っていても、

ついつい当たってしまうリナ。

「衛門督(えもんのかみ/都を守護する役所。左と右に分かれている)が2人も都を離れてしまっては仕方ないでしょう

右衛門督(みぎえもんのかみ/右の長)さまが帝にはついていらっしゃいますし」

右衛門督とは、前頭の中将(とうのちゅうじょう/前作参照)ゼルガディスの現在の役職である。

「ゼルまで……?」

そんなに熊野に何かあるのだろうか――

どんなに忙しくても、出発前は必ず来てくれていたのに……

「あたし、部屋に戻るわ……教えてくれてありがと」

余計に気力が萎える。

力なく、何の感情もこもらない言葉をゼロスに残して、リナは弘徽殿(こきでん/宮中でのリナの部屋)へと帰っていく。

「おやおや、元気が無くていらっしゃる」

そんなリナの姿を、ゼロスは苦笑しながら見送った。



     *

 

「なあ、熊野に何があるんだ?」

牛車(ぎっしゃ/馬の代わりに牛が引いている)の中から、隣を馬に乗って併歩するゼルガディスに問い掛けるガウリイ。

「しかも、リナに挨拶もせずに出るだなんて……あいつきっと怒ってるぞ」

「仕方がないさ。いつもいつも、女御殿に挨拶できるとは限らん」

ゼルガディスが苦笑しながら受け答える。

二人だけや気の知れた仲間のうちだからこそできる会話。

普段、迂闊に砕けた会話でもしようものならただでは済まされない。

今は、ガウリイ、ゼルガディス、そして童子(わらわ)が1人。

「でも、本当に何があるんだ?」

「方違え(かたたがえ)さ」

方違えとは、本来の目的の場所の方角が悪いときに、一旦別の方角へ向かい、目的地まで行くことを言う。

「方違え? じゃ、ホントの目的はなんだ?」

「とりあえず、熊野のある寺に向かっている」

「寺?」

「ああ。そこで一旦宿を取る。」

「ふーん」

そんなことを話しつつ、熊野はもうすぐそこまで迫っていた。

 

     *

 

「リナv」

弘徽殿に併設する渡殿(わたどの/渡り廊下)で、ぼーっと中庭を見つめていると、声をかけられた。

「……何だ、父ちゃんか……」

「リナ、何だは無いだろう。何だは」

気の無い娘の返事に、少々残念そうな父。

こうしてみると、彼の若さで前帝から左大臣(さだいじん/天皇の片腕)をやっているのが嘘のようだ。

「そうだ! ねえ、どうしてガウリイは今熊野になんて行ってるの?!」

突然思い立って、父に問いただす。

が。

「熊野……? 誰が……?」

何も知らないといった様子で聞き返される。

「ガウリイが。」

「あん?」

話が、繋がらない。

「?」

「いるぞ、あのボケ帝なら」

「はい?」

「誰がンなコト言ったんだよ」

「左衛門督さま」

ゼロスの名を出す。

「騙されたんだよ、お前」

「…………」

溜息混じりの父の一言に、思わず沈黙する。

「父ちゃん、ゼロスは今宮中に……?」

「あ、ああ……ってお前何するつもりだ?!」

急に立ち上がり、娘に部屋から追い出される。

しかも、話すその声は。

怒りにみちているのがあからさまだった。

「別に……あたし、気分悪いからちょっと休むわ」

「なら、いんだが……あんま追い詰めるなよ?」

「ありがと」

最後の言葉まで、その調子は変わらなかったことに不安を覚えつつ、

父はその場を去った。

 










 









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