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目が覚めた時、真っ先に目に入ったのは金色の長い髪と空の青。
「う……ん……?」
「目が覚めたみたいだな」
知らない人がいた。
ゼロスとは全然違う。優しそうな目をしてる。
「気分は?」
「ん……なんかまだ眠い……」
そう言ったらくしゃくしゃと優しく頭が撫でられた。
「今日は随分冒険したみたいだから、疲れたんだろ。ゆっくり眠っていいぞ」
「うん……」
横になるとその人はお布団をあたしに掛けて、また頭を撫でてくれた。
なんだか、くすぐったいような……恥ずかしいような。どうしたらいいか分かんなくて、あたしはとりあえず寝ることにした。
次に目が覚めたのは、知らない部屋の中だった。
きょろきょろと辺りを見回す。
「そっか……ここ、あそこじゃないんだ」
いつもあたしが居た部屋じゃない。
あたしは昨日そこから出たんだっけ。
ベッドから下りて、裸足のまま窓に近付いた。見たことのない景色。
「あれ、寒くないか?そんな格好で」
振り返ったら昨日の人が居た。
やっぱり金色の髪。お空の青の目。
ゼロスと全然違う優しい目。
「平気」
「そうか。お腹空いただろ?朝ご飯持ってきたぞ」
「わぁいっ♪」
ぱたぱたと駆け寄ると、その人は持ってきたトレイを近くのテーブルに置いた。ちょうどお腹空いたとこだったし。
けど、またあのカプセルなんだろな。
椅子に座ってトレイを覗き込んだあたしは、びっくりして固まってしまった。
「うわ……」
「どうしたんだ?食べないのか?」
「だって……いいの?こんなの食べて」
だってお皿の上にはパンに目玉焼きにオレンジジュースに……
これって、ゼロス達が食べてたのによく似てる。
「当たり前だろ?」
「だって、いつもカプセルだったよ。これでいいんだって言われたし」
そう言ったら、その人は怖い顔をした。何だろ、あたし何か悪い事言っちゃったのかな。
心配になったら、その人は気がついたようににっこり笑ってくれた。
「ごめん、びっくりさせたな。
いいんだよ食べて。これはお前さんのだから」
「ありがと……え…っと」
「あぁ悪い。まだ自己紹介していなかったな。
俺はガウリイ。ここにいるPuppetはほとんど俺が作ったんだ。よろしくな」
「あたし、リナ。よろしく」
にっこり笑った笑顔はとても優しくて。
やっぱりゼロスとは全然違っていた。
初めて食べた朝ご飯はとっても美味しかった。
ぱくぱく食べるあたしを、ガウリイさんは何だか楽しそうに見ていた。
「旨そうに食べるな、お前さん」
「だっておいしいもん。こんなの初めて食べた」
「そうか。お代わりあるぞ?食べるか?」
「うん!」
「よしよし。今持ってきてやるから、それまで他の食べてろよ」
ガウリイさんはあたしの頭を撫でると部屋から出て行った。
朝ご飯の後、あたしはガウリイにあちこち見せて貰った。
何で呼び捨てになっているかというと、ガウリイさんって言ったらガウリイで良いって言ってくれたから。
あたしが今いる場所は、レンタル・パペットショップ『Puppetの森』。ここにはガウリイと、ミリーナが作ったPuppet達と、捨てられて、あたしみたいにインフォや鷹のエンペラーに拾われた子達がいる。
人間はガウリイ達の他に、このお店の店長のゼルガディスとアルバイトのアメリア。店長は、名前を間違えたら「ゼルでいい」って言われた。
びっくりしたのが、ミリーナの追っかけ助手のルーク。入って来るなりミリーナに薔薇の花を差し出して、パンチパンチ達に取られていたっけ。あんまりおかしくて笑っちゃった。
ゼロスと居る時は、こんな風に笑えなかった。いつも大人みたいにしてないといけなかった。もっとも、あそこにいて、楽しいって思えたこと何もないけど。
ここは毎日が大騒ぎだった。今までの生活が嘘みたいに。
あたしは羽根があるから、みんなと一緒にお店に出られないのがちょっと寂しい。それは仕方ないんだけど。
「リ〜ナちゃんv」
にこにこしながらアメリアが駆け寄ってくる。
「いい物買ってきました♪」
そう言いながらアメリアが取り出したのは、色とりどりの綺麗なリボンだった。
「リナちゃん綺麗な髪してるんだから、いっぱいおしゃれしないとねv」
アメリアがそう言いながらあたしの髪を梳く。
いつもただ垂らしていただけの髪をアメリアはいろいろに結ってくれる。
「お、またやってるな?」
「はい!ガウリイさんはどんな髪型がいいですか?」
「そうだな……ポニーテールがいいかな」
「ガウリイさんも好きですね。分かりました。じゃ、今日はポニーテールにしましょうか?リナさん」
「あたし、何でもいい」
ガウリイが誉めてくれるなら、あたしは何でもいい。
「あれ?」
見た事無い子が来た。でもインフォや他のみんなはよく知っているみたい。
「アメリア、あの子は?」
「あ、あの子は前にここに居た子で、イーガァっていうんです。絆が結べたから養子になったんだけど、時々ああやって主人のエイル君と遊びに来るんですよ」
絆……
あたしの場合だと、マスターだな。
インフォも言っていたっけ。絆のこと。
最初に聞いたときは何だかどきどきしたけど、今はしない。だって、あたしはもう決まっているんだもん。
大人になったら、マイスターをマスターって呼ぶこと。
「どうしたんだ?急に大人しくなったな」
ガウリイがあたしの頭をぽんぽんと叩いた。
「絆を結ぶのって、嬉しい事なのかな」
「え?」
アメリアが目を丸くした。
「えっと……やっぱり、嬉しいんじゃないんですか?みんな凄く嬉しそうにしているし……ね、ガウリイさん」
「………ひょっとして、誰かマスターって呼ぶ相手を教えられていたのか?リナは」
「うん」
あたしが頷くと、ガウリイは怖い顔をした。
「ガウリイ?」
「……気にしなくていいんだからな」
「?」
何を、気にしなくていいんだろう。
首を傾げるとガウリイはしゃがんであたしと視線を合わせた。
「マスターっていうのは、リナが本当に一緒にいたいって思う人に言うんだ。言われたからって、その通りにしなくちゃいけないんじゃないんだよ」
「……言わなくても、いいの?マイスターを、マスターって」
本当は嫌だった。
理由は分からないけど、そんな風に呼びたくなかった。でも言われた通りにしなくちゃいけないんだってずっと思ってた。
でも………そうしなくてもいいってガウリイが言ってくれた。
なんだろ。凄く嬉しい。
夜になるとあたしは決まって外とつながる所に来た。
そこから入ってくる風が気持ち良い。
「リナ」
「あ、ガウリイ」
ガウリイが近くに来てくれると何だか安心する。理由は…良く分からないけど。
「…帰りたいのか?」
急に聞かれてあたしは首を傾げた。
「なんで?」
「いや……毎日ここに来ているだろ」
「……帰りたくない」
あそこは嫌。
ここに居たい。ガウリイと一緒にいたい。
「あそこはキライ……行きたくない」
帰るという言葉が似合わない。
ゼロスのとこには行きたくない。
「そっか……」
ガウリイは何も言わなかった。
「ガウリイ……あたしここに居ちゃ駄目なの?」
前に聞かれた。あたしがどこに居たのか。あたしを作ったのは誰なのか。
でもあたしは言ってない。どうしても言いたくなかった。
せっかく外に出られたのに……ゼロスに見つかったら、もう外には出られない。出してなんか貰えない。
前にガウリイが言ってた。ずっと一緒にいたいって思う人のことを、マスターって呼ぶんだって。
だったら、あたしのマスターは……
その時、いきなり目の前が揺れた。
「リナ!?」
ガウリイの声が、遠くに聞こえた……
目の前を小さな泡が立ち上っていく。
ゆらゆらと揺れる視界。ガウリイの顔も揺れて見える。
真剣な顔で何か話している。
ぼんやりと見ているとガウリイがこっちを向いた。
見ていたら、優しく笑ってくれた。
『……ダイジョウブ。アンシンシテネムッテイイヨ』
そんな声が、聞こえた気がした。
目が覚めたらベッドに寝ていた。
「リナ」
ガウリイが真剣な顔をして座っている。
起きようとしたら止められた。
身体がすごく重い……あたし、どうしたんだろ……
「ガウリイ」
「帰らなきゃ駄目だ」
掛け布団を握る手が震えた。
「……どうしても?」
「リナ、倒れただろ?あれは、まだリナが大人になってないからなんだ。リナが前に居た所は、外に出られないようになっていたって言ってただろ?あれは理由がない訳じゃ無いんだ」
「……理由?」
ぼんやりと尋ね返すと、ガウリイは小さく頷いた。
「理由は、リナの身体がまだ抵抗力が弱いから。今回倒れたのはそのせいなんだ。ここは客が来るからどうしても外と繋がってる。
これ以上ここに居るのはリナの身体に良くないんだ」
ここに居るのは、良くない事。
……あたしは、やっぱりここにいちゃいけないんだ。
……ガウリイと、一緒に居ちゃいけないんだ……
何かがあたしの目から落っこちた。
自分でもよく分からないそれは、勝手にどんどん出てきて止まらなかった。
ガウリイの顔が、よく見えないよ……
「大人になったら、会いに行く」
ガウリイの大きな手があたしの頬に触れた。
あたしの目から落っこちるそれを指で受け止めながら。
「これで二度と会えない訳じゃ無い。大人になったら外に出ても大丈夫だから。そうしたら、また一緒にいられる。
……約束するから。な?」
「やくそく……?」
「…あぁ。約束だ」
「………ぜったいだよ?」
「………あぁ」
悲しかったけど……
ガウリイが、そうした方が良いって言ってるから……
あたしは、マイスターの名前を……
ガウリイに、話した。
ガウリイにゼロスの名前を言った後。
あたしはまた眠った。
次に目が覚めた時、また白い壁の中にいた。
緑の木も、小鳥さんも。インフォもシーザーも瑠璃も玻璃も。
ゼルもアメリアも。ミリーナも、おっかけのルークも。
……ガウリイも。
みんなみんな、居なくなっていた。
「やっと帰ってきましたね。随分心配したんですよ」
ゼロスがにっこり笑って言う。
「すみません。マイスター・ゼロス」
「無事で何よりですよ。もう少し体調の調整をしたら最後の仕上に入るとしましょう」
嬉しそうに話すゼロス。
あたしは、ちっとも嬉しくない。
あれからあたしはこの部屋から出して貰えなくなった。
あの中庭は、警備上問題があるとか言っていた。あそこだけが、空の見える場所だったのに。
外には出られなくても、インフォや瑠璃、玻璃達とならガラス越しに会えるのに。それだけを楽しみにしてたのに。
検査が終わったらする事なんてない。ぽつんと椅子に座ったまま、あたしはぼんやりとしていた。
……思い出すのは、ガウリイの事だけ。ガウリイの、お日様みたいな優しい青い瞳だけ。
「リナさん」
呼ばれて顔を上げるとゼロスがシェーラと立っていた。
「そろそろ良いようですね。あの騒ぎで予定が遅れてしまっている。シェーラさん、ポッドの用意を」
シェーラは無言のまま一礼すると中央のカプセルの方に行ってしまった。
そっか……あたしこれから大人になるんだ。
「分かっているとは思いますが、最後に確認しておきましょう。
リナさん、こっちへ」
言われるままあたしはゼロスの前に立った。
「成人したら僕のことを何と呼ぶか……覚えてますね」
「はい」
「言いなさい」
「………………」
声が、出ない。
マスター・ゼロス。そう言わなくちゃいけないのに。
「どうしたんですか」
口調こそ優しいが、それが余計にあたしをぞっとさせた。
なんとか言おうとしたけど、言葉には全然ならなかった。マイスターとは言えても、マスターとは呼べない。
どうして………そう考えて、あたしは理由が分かった。
ゼロスは、あたしを作った人。だから、マイスター。
でも、あたしが一緒にいたいと思う人じゃない。
あたしが一緒にいたいのは、青空の瞳を持つ、金の髪の優しい人。
ガウリイ、だけだった。
「リナさん」
聞いたこと無いくらい低い声に、あたしは身体が震えた。
おそるおそる見上げると、紫の瞳が冷たくあたしを見下ろしていた。
「どうやら……教育し直す必要があるようですね」
思わず後退ったあたしの腕をゼロスが掴んだ。
やだ……
「や………」
「何が嫌なんです?さぁ来なさい」
有無を言わさずポッドまで引っ張っていかれ、着ている物を脱がされる。
大人になんかなれなくてもいい。
ここから出たい。
ガウリイの所に帰りたい。
でもどうする事も出来なかった。
ポッドの中が生命の水で満たされ。
あたしの意識も、その中に溶けていった。
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