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 いつも外を眺めていた。
 分厚いガラスで囲まれた庭園。そこはあたしが唯一好きな場所だった。大好きとまではいかないけれど。
 でも、沢山の人達に囲まれるあの部屋よりはずっとまし。
 それに………

「今日も、来るかな……」

 検査が終わった後に少しだけある自由時間になると、あたしはいつも外とは隔てられた中庭に来ていた。そこからは沢山のビルの群が下に見える。
 いつ頃からか、そこに二羽の小鳥が来るようになっていた。真紅の羽根の小鳥と、瑠璃色の羽根の小鳥。二羽はいつも一緒に飛んでいた。
 あたしも羽があるのに……あんな風に飛ぶことは出来ない。せいぜい、この中庭を包むガラスにへばり付いて外を眺めるときしか役に立たってくれない。
 外に出てみたい。けど、あのゼロスやシェーラが許してくれる訳がない。

「いいなぁ……あたしも外に出てみたいなぁ……」

 無理だろうけど。
 二羽の小鳥は、あたしがこうやって外を眺めていると決まってすぐ傍まで来た。まるであたしを誘っているように。
「無理なの……あたし、外に出られないの……」
 せめて、外の小鳥さん達の声が聞こえたらいいのに。分厚いガラスは、何の音も届けてくれない。
 もし外の音が聞けたら……そしたら少しは寂しくないかもしれないのに……



「終わりよ」
 シェーラの声に目を開ける。
 身体に付けられた沢山のセンサーを外していると、ゼロスが傍にやって来て肩に手を置いた。
「調子は良いようですね。この分なら近いうちに成人できるでしょう」
「はい、マイスター」
 紫の瞳がすっと糸のように開く。あたしはこの目つきが何より嫌い。
 この目で見られると、何も言えなくなる。
「成人したら、僕のことを何と呼ぶか……分かっていますか?」
「はい、マイスター」
「言ってみなさい」
「マスター・ゼロス」
「良くできました。リナさんは賢い良い娘ですね」
 そう言わなければならない事も知ってる。
 あたしには、そう答えるしかないのだから。
 大人になっても、あたしが外に出られる事は……きっと、ない。



 今日もいつもと同じ日の筈だった。
「あれ……」
 今日は小鳥さん達来てない……どうしたんだろ。
 何かあったのかな……
 心配になっても、やっぱり何にも出来ない。
「??」
 ふと感じたのは空気が動くときの、あの感触。
 部屋の中で飛ぶとき、あたしの傍にある……。
 きょろきょろと周りを見回してみる。別に、あたし以外誰もいない……

 ばさっ!!

 突然あたしに何かがかぶせられる。
 びっくりして暴れるが、簡単に荷物みたいに何かでぐるぐる巻きにされてしまった。
 何が何だか分からないまま、あたしは担ぎ上げられ、どこかに連れて行かれたようだった。




 狭い袋の中に詰め込まれたあたしは、見た事のない場所に連れてこられた。あたしを見ている知らない人達。
 訳が分からなくてきょとんとしていると、その人達はまた笑い出した。
「見ろよ。訳が分からないって顔してるぜ?」
「あのメタリオム社の最新作だ。欲しがっている企業は山ほどある。苦労したかいがあるってもんだぜ」
「傷はつけるなよ。値が下がる」
「分かってるって。
 それよりそろそろ時間じゃねぇか?取引の」
「おっとそうだった。
 んじゃ、しっかり見張れよ。大事な金ヅルだからな」
 金ヅル?
 それって、やっぱりあたしの事なのかなぁ……
 周囲を見回してみる。木が剥き出しの壁。小さな窓。見た事無い人達。
 そういえば、あたしの両手と足にも変なものがくっついている。これじゃ自由に動けない。
 がちゃがちゃいわせていると、残った一人があたしを見て嫌な笑い方をした。
「逃げようたって無駄だ。その鎖はそんなんじゃ外せない。
 これからあんたを一番高く買ってくれるあいてに売り飛ばすんだ。傷でも作たまらねぇ」
 あたしは溜め息をついて鎖を揺さぶった。重く太い鎖。これさえなければいつでも好きな時に飛んでいけるのに。
 あそこは好きじゃなかったけど、ここに居るよりはマシ。少なくても、鎖なんかで繋がれたりしない。
 仕方なく、小さな窓から外を見た。空しか見えないけど。

 ……あれ。
 小さな窓からひょこんと見た事のない生き物が顔を出した。それも、沢山。こっちを見ながら何か騒いでいる。ぴょんぴょん跳ねたり、宙返りをしたり。
「な、何だこいつら」
 あたしをずっと見ていた人が慌てて立ち上がった。
「しっしっ!あっちへ行け!」
 追い払おうとして手を振ったけど、その生き物たちは怖がる様子もなく更に跳ね回った。
「こいつ!」
 顔を真っ赤にして外に出ようと扉の鍵を外した、その時だった。

 ばたんっ!

 それを待っていたように突然扉が開き、何匹も犬が飛び込んできた。。その後から窓のとこで跳ねていた子達が入ってくる。
 見張っていた人は犬たちに押さえつけられて動けないみたい。その人にちっちゃな生き物が取り憑き、ごそごそと小さな手を動かしていた。
「やっやめっ、うひゃひゃひゃひゃひゃ……」
 笑い転げるその人のポケットから小さな棒…たぶん鍵を取り出すと、その子達はあたしの方に来た。
「なぁに?」
「きっきー」
 あたしの前でぴょんぴょん跳ねてから、その子達は鍵を使ってあたしの手と足についていた鎖を外してくれた。
「助けてくれるの?」
「ききーい」
「ありがと。あなたも、ありがとね」
 犬さんたちはあたしの方を向いて一声大きく吠えた。
「きっきっ、ききぃ」
「うん、行こう」
 開いたままの扉から外に出る。
 初めての外。
「うわぁ……」

 ぱたぱたぱた……

 小さな羽音がして、あたしの前に二羽の小鳥さんが舞い降りてきた。
「あ!」
 いつも遊びに来てくれてた子達。
「今日は一緒に飛べるね」
 あたしを誘うようにぐるぐる頭の上を回っている。それに誘われるようにあたしは背中の翼を広げた。



 初めて飛ぶ外の世界。それは今までと全然違う世界だった。
「きゃっ」
 前や後ろからいきなり吹き付ける強い風。煽られて上手く飛べない。
 心配そうに小鳥さん達はあたしを待っている。

 ばささっ

 大きな羽音がして、見た事無いくらい大きな鳥が飛んできた。鋭い爪。まさか、小鳥さん達を狙って…?
 けどその鳥はあたしのすぐ前まで来るとゆっくりと回り始めた。そして吹いてきた風を大きな翼で受け、高く空に舞い上がっていく。
 その鳥は何度もあたしの前で同じ事を繰り返して見せた。
「もしかして……教えてくれているの?」
 答えるように高い声で鳴き、その鳥は高く空へ上がっていく。
「ようし……」
 あたしもマネをして翼を広げてみた。吹き付ける風に逆らわないように、あの鳥のように風を感じてみる。
 ふわりと体が持ち上げられた。見る見るうちに地面が離れ、体が高く上っていく。
「うわぁ………」
 あたしが居た所も結構高かったけど、ここはもっと高いかも知れない。
 ずっと下に見えるのは一面の緑。上にあるはずの雲がずっと近くに見える。
 空ではあの鳥と小鳥さん達があたしを待っていてくれた。
「すごい……あなたたちいつもこんな世界を見てるんだ……」
 そうだよ、と言うように瑠璃色の小鳥さんが小さくさえずった。



 どのくらい一緒に飛んでいたか分からない。楽しくて仕方なかったけど、だんだん疲れてきた。
 どこかで休みたい。そう考えたらまるでそれが分かったみたいに真紅の小鳥さんがあたしに近付いてきた。
 もうちょっと頑張って。そう言われた気がする。
 やがて小鳥さんは一つのビルに近付いていった。

 あたしが居たところよりは低いけど、その建物はあたしが居たあそことどこか似ていた。違うのは外に自由に出られるようになっている所。
 大きな吹き抜けの中に小鳥さん達は入っていく。あたしもその後について行った。
「うわ……」
 中には沢山の生き物たちが居た。その中に、あたしを助けてくれたあの犬さん達もいる。
「あなた達ここの子達だったんだ。ありがとね、助けてくれて」
 さくさくと足音がした。振り返ったあたしの目に飛び込んできたのは、金色の毛並みの大きな生き物。
 首の回りにふさふさした毛が生えている。
「きれい……」

「こいつはT−ライオンのシーザーだよ」

 あたしの前に虹色の羽根を持つオウムが舞い降りてきた。
「T−らいおん?」
「Tってのはタイプ。こいつはライオン型Puppet(パペット)さ」
「ぱぺっと?」
 首を傾げるとオウムは大げさに羽を広げた。
「やれやれ、そんな事も知らねぇのか?Puppetってぇのは、人間が作った生きた人形の事だよ。俺はオウム型でインフォってんだ。よろしくな、新入り」
 ばさばさとオウム……インフォはあたしの肩に飛んできた。
「あんたみたいなのは初めて見たが…まぁいいや。
 このちび共はT−リスザルだ。こいつらはまとめてパンチパンチって呼ばれてる。全部で一つ、一つで全部っていう妙な奴らさ」
「へぇ……」
「こっちの犬たちもPuppetだ。端からシープッドッグのメリー、シェパードのポリス、コリーのクッキーとビスケ、他にもいるが、あいつらは仕事中だ。まぁそのうち顔合わせしたら教えてやるよ」
「仕事?」
「そうさ。働かざる者食うべからずってな」
 仕事?って……なんだろ?
 首を傾げるとインフォは呆れたように言った。
「おいおい、まさか仕事も知らないって言うんじゃないだろうな」
「………知らない」
「しょうがねぇなぁ……ついて来な」
 インフォの後について行こうとすると、後ろから来たシーザーにくいっと服の裾を引っ張られた。
「何?」
「乗れってさ」
「いいの?」
 尋ねると黙ってシーザーはしゃがんでくれた。
「ありがと」
 あたしが乗ると、シーザーは立ち上がりゆっくりと歩き始めた。
 少し進むと木が沢山設置された所に来た。
「ここは?」
「境界線だ。ここから先が俺達の仕事場だ」
 木の向こうに沢山の人が見えた。
「ここはレンタル・パペットショップだからな。俺達を借りにいろんな人間が来る。
 まぁ中には絆を結べる奴が居たりするからな。そういう時は養子に出されるが」
「絆って?」
 あたしが尋ねると、インフォは片方の羽根で顔を覆った。
「おいおい、絆も知らねぇのか?あんたの製作者は何を教えたんだ?ったく。
 いいか?絆ってのはだな、俺達Puppetと心が通じ合った相手のことだ。そういう相手とは例え俺のように人間の言葉がしゃべれなくても、気持ちが通じ合うんだよ。そういう相手に出会うチャンスの場でもあるんだ」
「ふうーーん……」
 ゼロスもシェーラもそんな事一言も言わなかった。
 あたしは、ずっとあそこでゼロスと一緒にいなくちゃいけないんだと思ってた。
「じゃあ、あたしにも居るのかな。その…絆を持てる人」
「どっかに居るんじゃねぇの?俺は知らないけどさ」

 嬉しい。
 何だかわくわくする。
 どこに居るんだろ。どんな人なんだろ。

 シーザーの背中はすっごく暖かかった。
 インフォがまだ何か話していたけど、あたしはもうほとんど聞こえてなかった。
 今日は沢山飛んだから……すごく眠い……
 あたしはそのままシーザーの背中の上で眠ってしまった。






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