だいぶ冷え込んできた、秋から冬の変わり目。
今夜は特別な夜だった。
かごいっぱいに用意したお菓子は、もうだいぶかさが減っている。
俺たちは、ぼやけた明かりの中で、静かな時間を過ごしていた。

「ジェンド、コーヒー飲むか?」
「ああ」
今日はハロウィンだ。近所の子供が次々にドアを叩いて、お菓子をねだりにくる日。
みんな、かぼちゃをくりぬいて作った仮面をかぶったり、黒いマントで幽霊伯爵を気取ったりと、
仮装をして訪ねてきた。
ジェンドはこういうイベントが嫌いだから、俺が子供たちの対応をすべて請け負った。
毎年お菓子を用意しなきゃいけないから大変は大変だけど……子供たちの笑顔は、何物にも変えがたいからな。
俺たちが住んでるここらへんは、ハロウィンを重んじる風習がある。
ちょっと愉快なお化けに仮装したり、子供がお菓子をもらいにきたりするのも、そのためだ。
俺はこういうの嫌いじゃないから、かぼちゃの仮面を玄関に飾ったり、淡い色の電飾を部屋に取り付けたりした。
ジェンドは後片付けが大変だって怒ったけど、部屋の雰囲気自体は気に入ってるんだと思う。
だって今日は……なんだか、優しい表情をしてる。
「ジェンド……」
「ん?」
ふたつのコーヒーカップを置いて、両手で細い肩を掴んだ。
彼女が振り向くと、ひざ掛けとスカートが、わずかに衣擦れの音を立てる。
「あ………」
そのまま後ろから、上半身を抱きすくめた。少し、声を上げるジェンド。
照明のせいだろうか。いつもと違うムード……今日なら、ジェンドと俺は……。

コンコンコン 「こんばんわー」

ふいに聞こえた来訪者のノックの音と声に、俺たちはビクッと振り向いた。
「………早く出ろ」
あ〜あ。折角いいムードだったのにな……まあいいか。
俺はジェンドの言葉に従って、そっとドアを開ける。
そこにいたのは、小さな少年だった。
マフラーに帽子にコートに……防寒対策は完璧。手にもったかごはお菓子でいっぱい。
だけど……この辺の子じゃない。見ない顔だ。
「はじめまして、僕、十六夜!お菓子、まだある?」
「ああ、まだあるけど……君、どこの子?帰らなくていいのか?」
俺が尋ねると、少年は何かに気付いたように、キョロキョロしはじめた。
そのうち、目にどんどん涙がたまっていく。
「おうち……どっちだっけ……ふに〜〜」
「えぇ〜〜っ!?ま、迷子になっちゃったの!??」
参ったなぁ。どこの子だか、検討もつかない。
だけどこのまま放っておいたら危険だ。夜は寒いしな。
「今日はここに泊まっていきなよ。お家は、明日俺が一緒に探してやるから!」
「ホント!!!!??」
涙を浮かべたまま、少年は輝くような笑顔を俺に向けた。
明日は仕事も休みだし……何も問題はないだろう。
「あがりな?寒かっただろ」
「うん!ありがとぉ」
十六夜はそうっと、頼りない足取りで玄関を上がり、コートを脱いだ。
奥の部屋まで連れていくと、そこで待っていたジェンドが、顔をしかめて立ち上がる。
「なんだ?………そのガキは」
「お菓子をもらって家々を渡り歩いてるうちに、迷子になっちゃったらしいんだ。一晩泊めてあげても……」
「ダーメーだ!!!私は他人がいると、ゆっくり眠れないタチなんだ!!」
はぁ。相変わらず融通のきかない奴だ。
俺だって、他人じゃなくなるまでに幾年かかったことか……。
「ま、まぁまぁ。いい子にしてるよな?えっと……十六夜」
「うん!よろしくお願いします!!」
十六夜は礼儀正しく、深々とジェンドに頭を下げた。
物を頼まれなれていない彼女は、そんな少年を前に少しうろたえた表情を見せる。
「チッ……しょうがないな。一晩だけだぞ!!」
「やったあ!ありがと〜!えっと、お兄さんとお姉さんのお名前は??」
「カイだよ」
「………ジェンドだ」
「カイ……ジェンド……友達になれて嬉しいなっ♪」
と、ともだち?いつから……友達だっけ。
俺とジェンドは思わず顔を見合わせたが、少年は嬉しそうに、俺たちのまわりをくるくる踊った。
なんか、天使か妖精みたいな子供だな、と俺は思った。



***************************



人里離れた一軒家に、俺はひとりで住んでいた。
今日はハロウィン……だけど、俺には関係のないこと。
ここは暗い森の入り口だから、小さな子供たちがこのドアを叩くことはめったにない。
あったとしても、俺はそれが煩わしいので、あらかじめ玄関にお菓子の入ったかごを置いておいた。
深夜に取りに戻ったら、それがきれいに空になっていたのにはさすがに驚いたけどな。
子供っていうのは、本当にあつかましいもんだ……菓子ごときでこんな寒い夜にウロウロするなんて、まったく理解できない。
だがもう、外もうるさくなくなった。寝よう。
明かりを消そうと本を閉じて、ベッドから降りると、ふと、人の気配を感じた。

コンコン

思ったとおり、直後にノックの音がする。
誰だ?こんな夜中に。
俺は、付近の町には知り合いはいない。親兄弟も、近年会っていない。
だから、心当たりはない─────無視だ、無視。
あったかい毛布にもぐりこんだが、まだノックの音が続く。
俺は仕方なく起き上がって、ドアを開けた。
「はい………」
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
当たり前だろ。こんな遅くに……。
文句を心の中で並べ立てながらも、俺は言葉を返すことはできなかった。
小さなバスケットを持って微笑む少女………ハロウィンの夜が起こした、まさしく俺の“奇跡”だと思った。
可愛い。その一言だ。
今まで女を見てそう思ったことなんて一度もなくて、町のやつらからもへんくつ堅物の変わり者だと言われてきた俺に。
はじめて、人並みの感情が芽生えた瞬間だった。
「あ、あのぅ」
はっ。俺としたことが……何見とれてんだ!!
ずり落ちてきた眼鏡を直すと、彼女の表情がハッキリと映った。
優しそう。やすらげる笑顔を持つ子だ。
俺はドキドキしながら、彼女の足元にスリッパを出した。
「あがったら」
「あ……ハイ!どうも」
彼女は素直にそれに応じて、スリッパをはき、遠慮がちに足を踏み出す。
俺はめったに使わない、来客用のイスを部屋の隅から引っ張り出して、彼女に勧めた。
「何か飲む?」
「えっと……あなたの、好きなモノで」
俺の、好きなモノが飲みたいのか。変わってるな。
はやる鼓動を抑えながら、俺はカチャカチャと、器の準備をしはじめた。
「あんた、なんて名前だ?」
「イリアです。あなたはシオン、だよね」
名前を言い当てられて、俺は正直びっくりした。
まあ大方、町の奴に聞いたんだろう。
それとも、この女も町の奴か……?だけど、逢ったことがないのは確かだ。
「で、なにしにきたんだ」
あっさりと言い放つが、内心こんな話し方でいいのかと、一言一言に後悔を覚えたり、首をかしげたりする。
人にどう思われるのか。そんなちっぽけなことが気になるのは……何年ぶりだろう。

「兄が死にました、数日前に」

冷静な口調で、彼女はそう呟いた。その様子に、俺の胸がチクンと痛んだ。
「あなたと親しかったと聞きました……兄はザードといいます」
ザード………!!
その名前ははっきりと覚えていた。俺の友人であり、兄のような存在だった。
いつもひとりぼっちの俺に歩み寄っては、何か不思議なことをボソッと囁いたり、魔法のアイテムをけしかけたり……。
とにかく、存在自体が空気のような奴だった。嫌いじゃなかった。
あいつ、死んだのか……。
涙が出る、というほどの悲しみはなかったものの、あいつといた過去が、急に色褪せたような気がした。
「兄がいい奴だって……でも町の人はあまりあなたを知らないっていうから、あなたのことが知りたくなって」
ということは、イリアはザードの妹なのか。
そういえば、聞いたことがあるような気もする。当時はたいして気にもしなかったけど。
ザード。お前が、俺とこの子を引き合わせてくれたってことか?
できれば、お前が生きているうちに三人で顔を合わせられる仲になりたかったな……。
「急に来ちゃって、なんかスイマセン。迷惑……でしたよね」
俺が黙りこくっているのを見て、イリアがさりげなく沈黙を破る。
しまった……。俺、よく人に気を遣わせちまうんだよな。
「そ、そんなことないけど。そっか、ザードが……」
「はい……」
一気に、部屋の中は暗く沈んでしまう。
ひどくあたたかいのに……しあわせで、せつない。奇妙な感じだ。
「悪いな。ザードの親友がこんな奴で」
「ええっ?」
俺はふいに、彼女の表情を曇らせたままであることに自虐的になって、そう呟いた。
彼女は顔の前で両手をパタパタ振って、それを否定してくれる。
「そんなことないです!だってあなた……とても、優しい」
俺が?優しい?
予想外の答えに、俺は思わず彼女をまじまじと見つめた。
彼女は少し照れたように俯き、そのままボソボソと続ける。
「だって見ず知らずの私を、家に上げてくれたじゃない。顔を見るだけでもよかったのに、私、嬉しくってつい……」
「それは……!」
あんたが訪ねてきてくれたことが、俺にとっての“奇跡”だったから……。
なんてことは言えるわけもなく、俺はまた口をつぐんでしまった。
「あんた、これから寂しくなるな」
俺は慌てて、別の話題を持ちかける。緊張しすぎて、間が持たないんだ。
「ザードは妹と二人暮しだと聞いていたから……これからは、あんたひとりだ」
「私、イリアっていいます」
彼女は俺の声に割り込むように、りんとして言い放った。
俺は戸惑って、ぐっとツバを飲み込む。
「名前、呼んでくれないんですか……?」
う。
俺、やっぱこういう女に弱いのかも……///
「イリア……」
「なんですか?」
彼女はやっと笑顔を見せた。
前髪を手ぐしで整えて、座りなおす姿がまた可愛い。
イタズラっぽい問いかけが、なんだか愛しい。
俺はそれに乗じて、つい思いつきを突きつけてしまった。

「俺と、一緒に暮らさないか?」

イリアは目を見開き、少し開いた唇を震わせて、俺を見つめた。
負けないように、俺も見つめ返す。
ふたりの間だけに理解されるであろう、他には知れない唐突な告白が、この部屋を支配した。
俺はかたまる彼女を、頬杖をついて見守る。だけど、何も喋ってくれない。
しょうがない……か。こんな急な話。
今日会った男に、いきなり一緒に暮らそうと言われても、怖がられるだけ。
分かっているはずなのに、俺はどうして口に出してしまったのだろうか。
笑い飛ばそう。そしてこの気まずい空気を破り、全部、冗談にしてしまおう……。
すっかり諦めて口を開こうとすると、それより一瞬早く、イリアが言葉を発した。

「いいんですか……?」

少し、目に涙が浮かんでいる。そのとき、俺はすべてを悟った。
ああ、きっとこの子も孤独だったのだ。
そして、最初から俺を頼ってきたのだと。
いきなり、唯一の家族が死んで、誰のところへいけばいいのか分からない。
そして、人一倍寂しがり屋……そうだったんだ。
机の上で固く組まれた両手を、その上からギュッと俺の手で包んだ。彼女はハッとして顔を上げる。
「ありがとう、ございます……」
「お前も、“シオン”でいいからな……イリア」
「うん……シオン」





ハロウィンの夜は、素敵なことが起こる──────。


















春 ナヲミさんのHPのハロウィンのフリー小説を強奪してきちゃいましたー♪
(さらっと言うなさらっと)

なんだかとっても神秘的で優しいお話ですよね!
ハロウィンのお菓子を貰いに回る子供の立場じゃなくって、
あげる立場から書かれるのって発想が凄いです!!
れいんなんか全然考えつきもしませんでした!!
それからお菓子を家の前に置いておいたシオン様。
なんだか微妙に可愛らしく感じてしまうのは気のせいでしょうか?
人付き合いが面倒でもやっぱり人との関りを捨て切っていない辺り
やっぱりどこか寂しかったんでしょうね…。
コレからはイリアと二人で仲良く暮らして下さいな☆
それにしても最近ナヲミさんの書かれる十六夜の可愛らしさにノックアウトですよ。
ほっぺたのぷにぷに具合まで感じれそうで…♪(変)

ナヲミさん〜!!
フリー小説をありがとうでした♪








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