「シオンさぁ、イリアに対して冷たくない?」
イリアが丁度いなくなったのを見計らって小さなレムは忠告した。
「そうか?」
身に覚えはないと思う。俺の態度はずっと昔から変わったこともないし、変える気もない。
―――これが俺・・・だから。
「いやね、あんたが元々冷たいのは知ってたわよ。けどさ、ほんっっっのたまぁ〜〜にでもあの子に優しく接してみたらどうなのよっ。」
そんな気持ち、俺にだってあるさ。けど・・・
「・・・キッカケがねーんだよ。」
ぶっきらぼうに答えると、レムは驚いた顔をした後、ニヤリと笑った。
「ふぅ〜ん。ってことはやっぱり優しくしてあげたいって気持ちはあるんだっ♪」
隠していた訳ではないが、思わせぶりなレムの態度にシオンは多少不安を覚えた。
「何企んでんだよ。」
「い〜え〜?別になぁ〜んにも〜ぉ?」
絶対に。怪しいと思う。けれどここで追求しても絶対に吐かないことをシオンは知っている。
「馬鹿なことすんなよ。」
「うん、じゃあ協力してあげるね。」
カクっとシオンは前のめりに倒れそうになる。
一体この妖精は何をしようというのだろうか。
「だから、シオンがイリアに優しく接して上げられるようにフォローするってことよ。いいわね、シオン。1個だけだから私の言うことを聞いて。」
嫌な気持ちを抑えながらシオンはレムの話を聞く。
「んーーっと、じゃあイリアに『可愛い』って・・・」
「ムリ。」
シオンが即答すると、レムは段々ふるふると震えてきて言う。
「まだ言い終わってないのに〜〜!!」
そんな恥ずかしいセリフ言ってやってたまるか。
確かに彼女は今まで見たどんな人より可愛いと思うけれど。
「・・・『手を握って…」
「もっとムリ。」
シオンは顔に手を当てて赤面した。
考えただけでも心臓が破裂しそうなのに、やれなんて。
「〜〜!もうっ!奥手すぎよっ、シオン」
小さいくせに腰に手を当てて怒るレム。
「仕方ないだろう。ついこの間までイリアでさえヤバかったんだから」
極度の女嫌いは(本当は苦手なだけ)はそう数年で治るものではなかった。
ここまで大丈夫になったのも奇跡だというのに。
「ん〜〜じゃぁ仕方ないわね。イリア花束をあげるっていうのはどう?他は何も言わなくていいから!!」
お願いっ!と言わんばかりにレムは顔の目の前で両手を合わせる。
これも2人のため、なのだ。
シオンはう〜と少し考える。
出来ればいつまでもこの「俺様的スタイル」でいたいと思う。
けれども自分の中でそれではだめだという声が聞こえる。
花をあげるくらいなら自分にも出来るのではないか。
「…それならいいぞ」
「いいのねっ!?イリアもきっと喜ぶわよーーー!ホラ早く花買ってきなさいよ!」
そういってレムはシオンの部屋から彼を追い出した。
行動力がありすぎる虫だな…
なんてため息をつきながらシオンは歩き出す。
けれどもその歩き方はどこか嬉しそうで。
町に出ると、いろんな店が建ちならんでいた。
洋服屋、手芸屋、果物屋、肉屋。
いろんな店とともに出入りする沢山の人々。
シオンはそんな波にもまれながら、花屋を探した。
視線をくるりと動かすと、気のよさそうなおじさんと目が合った。
「旦那、花はいかがですか?」
探すまでもなく、目の前に花屋はあったのだ。
シオンは、買いに来たとも言えずに平然を装って、いかにも「偶然きてやったぞ」というオーラを放った。
店の中に入ると、綺麗な花、かわいらしい花、それぞれ独特な空気を保っていた。
「プレゼントですか?」
気のよさそうなおじさんは、気楽にシオンに話し掛ける。
「…まぁそういうことにしといてやろう。」
シオンが偉そうに言うと、おじさんの顔はほころんだ。
「ほっほっほ、面白いことをいうお方ですな。…なんかいいお花はありましたでしょうか?」
そうだな…と言ってシオンは店内を見渡す。
けれども彼女を思わせるような花はなかなか見つからない。
ほとほと悩んでいると、店の隅に挿されていた真っ白な花に目がいった。
「…これ…」
「あぁ、胡蝶蘭ですか?これは冬の寒さに弱いので、大事に隅へと置いてあるんですよ。」
その無垢で高貴な胡蝶蘭は、数年先の彼女を思い浮かばせた。
「旦那、これはお目が高いですよ。こちらの花はウエディングのブーケとして人気がある花なんですよ。お買いになられますか?」
「それじゃ、頼む。」
するとおじさんは胡蝶蘭を何本か取り出し、くるくるっと綺麗にラッピングをして、シオンに渡した。
「この花言葉もいい言葉なんですよ。彼女とかにあげたらよろしいんじゃないでしょうか〜」
おじさんはその言葉をシオンに耳打ちし、含むような笑顔をこちらへ見せ、皮肉にもそう言った。
何かを言いかえそうかと思ったが、何を言っても自分がドツボにはまるだけだと思ったシオンは、一応礼を言って、店を出た。
シオンの心の中でさっきのおじさんの言葉が反芻する。
それを考えただけでも赤面するような自分が、なんだか恥ずかしかった。
帰り道、がけになっている坂道を登ると、見晴らしがいい丘に出た。
時間もあるということで、シオンは心の準備をここですることにした。
なんて言って渡そうか、いつ渡そうか…そんなことばかりが頭をよぎる。
だめだ、こんなことばっかり考えてたら緊張しすぎてかえって逆効果だ。
そう思ったシオンは何も考えないようにした。
すると何処からともなく爽やかな風が吹く。
すっと座ると、緑の草がさらさらシオンを撫でていく。
何もすることがなく、ただぼけっとする日なんて久しぶりだった。
なんて気持ちがいいんだろうか。
「シオン…?」
急に背後からさっきまで緊張していた原因の彼女の声がした。
ぎょっとして振り返ると、ちょっと驚いたような表情のイリアが立っている。
「今ここ通ったらすんごく気持ちよくってさ、ちょっと寄り道。シオンは?」
イリアは何気なくシオンの隣に座る。
「あぁ、俺様も…」
「そういえば何処行ってたの?」
ふうんと納得する前に、彼女はシオンに再度質問をする。
チャンスが来た・・・と思った。
これで花屋に行ってたと言い、さり気なく花が渡せる。
「・・・花屋・・・」
「お花?シオン花好きだったっけ?」
意外だったのだろう、彼女は首をかしげてシオンを見る。
「…それで………」
ここまできてしまえば難なく渡せるだろうと思っていたシオンは、こんなに照れてしまうものなのかといまさら気がつく。
震える指で、シオンはかさっとさっきの花束に触れる。
「あーー!胡蝶蘭?買ってきたんだー」
すぐに彼女は反応して目をキラキラ輝かせる。
「え?」
まさかイリアがこの花の名前を知っているとは思わなかった。
自分でさえも知らなかったのに。
「あ、ボクね、森にいたときから花の名前だけは誰にも負けなかったんだよ」
彼女は得意そうにシオンに言った。
「けれども、ボクもこの花久しぶりに見るよ。綺麗だよねー」
うっとりと花を見つめながらイリアは言った。
たまらずシオンは口を開けた。
「…それ、やるよ。」
そっぽを向きながらシオンは花をイリアの前に突き出す。
えっ?と、イリアは驚きの声を上げる。
「いいの?わぁ、ありがとうシオン!」
満面の笑みが、イリアの顔からこぼれた。
シオンもつられて微笑を返す。
けれどシオンは途中で何かを思い返して彼女に聞く。
「お前、その花の花言葉…」
「ん?」
花を両手に抱いて、真っ白な花の中にいるようなイリアを見て、シオンは言うのを辞めた。
「いーわ、なんでもないっ。俺様はそろそろ戻るけど。イリアはどうするんだ?」
話題を変えて、注意を逸らす。
だってさすがに知ってるわけもねーしな。
「なんだよぉ、気になるなぁ…あ、ボクも戻るよ!」
先へ行こうとしていたシオンの背中を追いかけ、イリアは走った。
花言葉。
イリアは知っていた。知らないふりをしていただけだ。
―――純粋な、あなたを愛します――――
シオンと別れて、自分の部屋に戻ったとき、ようやくイリアはその言葉の重さに気が付いた。
ぼんっと顔を赤く染めたのは、そのすぐ後のこと。
一連のきっかけは、レムがタイミングよく貸してあげた「誕生花―私の花、あの人の花」という本だったということは、貸してあげた本人しか知らない。
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