世の中不況ではあるが、ガウリイはこの春何とか就職することができた。
 新入社員の初仕事と言えば、花見の場所取りである。
 彼は会社の伝統に従って、会社の近所の花見の名所、緑川公園で泊りがけの場所取りをすることになった。

 金曜の退社後、会社の備品である一人用テント、寝袋、ビニールシート、杭、ロープ、トンカチなどを持って公園に赴いた。
 まず見当をつけた場所の四隅に杭を打ち、ロープで囲む。そのロープには「××工務店」とダンボールの看板を下げた。会社名はもちろん偽名であるが、参加者がわかりやすいように営業部長の苗字が使われるのが毎年の恒例である。
 それだけ終わると、ビニールシートを敷こうか迷ったが、雲行きが怪しいのでシートを敷くのは明日の朝にすることにした。
 今夜は曇りがちで月も見えず、肌寒い。この公園は夜のライトアップなどはしないので、夜桜見物の人も今夜はいないようである。
 余所の会社の同じような場所取り係の作業を見ながら、テントに潜り込んでコンビニ弁当を寂しく食べる。一応一緒に買ってきたワンカップ大関のキャップを開ける気にもならず、味気ない弁当をもしょもしょと食べ終わると、他にすることもない。
「・・・・・寝るか。」
 すると信じられないことに、暗闇に白っぽく見える桜の間を通って、女の子が一人、歩いてきた。

「やっほー、ガウリイ。ちゃんとお仕事してる?」
「リナ!?」
 それは数年前から付き合っている恋人だった。
「どうしたんだ?」
「差し入れよ。」
 差し出すビニール袋には、暖かい肉まんと袋菓子、ポットなどが入っている。
「ポットにはお茶が入ってるからね。それから、あんたのことだから天気予報なんて見てないわよね。」
「雨降るのか?」
「夜から明け方にかけて所により降るかもって。一応ビニール傘持ってきたけど、テントがあるなら大丈夫かしら。」
「いや、ありがとう助かったよ。
 でも、今日は大盤振る舞いだな。」
「うっ、べ、別にっ、出かける予定があったんだけど、ダメになっちゃったから、ちょっと様子見ようと思っただけよっ!
 入社早々ポカやらかしてんじゃないかと思ってっっ!」
「心配してくれたんだ。」
「単なる好奇心よっ!
 花見の場所取りって話には聞くけどどーゆーことするのかなって思って・・・。」
「まあこーゆーことするわけだ。立ってないで座れよ。一緒に肉まん食べようぜ。」
「そ、そうね。」
 ごそごそとワンカップ大関を取り出して、リナに聞く。
「飲むか?」
「未成年に勧めないでよ。」
「まだ未成年だっけ?」
「来年二十歳よ。」
 一人用テントの入り口に二人並んで座る。テントは狭いが、リナは小柄なので座る分には不都合はない。いや、並んで寝ても別に不都合はないのだが・・・・。
「月が出てればもっときれいなのにねえ。」
「そうだなあ。」
 主役の桜は七分咲きというところ、数少ない街灯だけが花をぼうっと白っぽく浮かび上がらせている。
 ガウリイはコップ酒を、リナはお茶を飲みながら、肉まんにかぶりつきつつ、他に見るものもないので並んで桜を眺める。
「桜と思って見れば桜に見えるって感じよね。」
「そうだなあ。」
 テントは狭いので、二人は密着して座っている。肌寒いので結構厚着をしているのだが、それでも衣服越しに体温が伝わって来る。
「明日は晴れるって言ってたから、お花見にはよさそうよね。あたしも友達を誘ってどっかへ散歩に行こうかなあ。」
「ここの公園に来ればいいじゃないか。」
「やあよ。ここは会社のお花見とか多いから、酔っ払いばっかりになっちゃうんだもん。
 近所では、花見の季節はここには近寄らないように子供に言い聞かせてるのよ。」
「お前、子供じゃないだろう。」
「まだ未成年だもん、酒盛りは早いわ。
 城山とか、どこか散策にちょうどいいところを歩きたいな。」
「オレ、そっちの方がいいなあ。」
「しょうがないでしょ。これも社会人の努めよ。
 頑張って酔っ払いのお世話をしてね。」
「とほほ・・・・。」
 と、テントの外に出している足元にポツポツと水滴が落ちてきた。
「あら、ホントに降り出しちゃったわね。」
「『ところ』に当たっちまったらしいな。」
 濡れるのを避けて足をテントの中に入れると、狭い空間で更に密着する。
 ちょっと前まで杭打ちなどの作業をしていた他の会社の場所取り係も、作業を終えてそれぞれ雨を避けているようだ。
「桜、散っちまうかな。」
「咲いたばかりの桜は多少の風雨では散らないって言うから、大丈夫じゃない?」
「そうなのか?」
「そうなのよ。」

 しばらく様子を見るが、雨脚はいよいよ激しい。
「冷えてきたわね。」
「ああ。」
 寒がりのリナが心なしか身をすり寄せて来る。ガウリイは先ほどから、ひとつしかない寝袋を強烈に意識していた。それは会社の備品であるとか、明日の朝には上司や同僚がやってくると言うことは既に彼の頭から飛び去っている。

 彼女がすっくと立ち上がったので、さりげなく彼女の肩に回そうとした手が空を切った。
 差し入れだったはずのビニール傘を差して、リナはにっこり笑って言った。
「んじゃ、あたし風邪引かないうちに帰るわ。
 お仕事頑張ってね。」
「あ、ああ。」
 わけもわからないまま、行き場を失った手を肩の辺りで左右に振ると、リナは豪雨の中を足早に去って行った。
 テントの中でガウリイは膝を抱えて自棄酒を呷った。
「気を持たせといて帰るなんて・・・・・。」

 雨は更に激しく、雷を伴って明け方まで彼を悩ませた。
 翌朝にはカラリと晴れたが、会場係には水溜りを土砂で埋めると言う作業が待っていた。
 そして、本来なら酔っ払いの世話をするべき新入社員は真っ先に酔いつぶれ、翌年から会場係心得に『一、宴会が始まるまで酒を飲まないこと。』と言う一条が追加されたのだった。

おしまい。















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